南京虐殺(ぎゃくさつ)

【よくある指摘】 国際委員会のメンバーが南京虐殺(ぎゃくさつ)に対して嘘をつく理由が無い

【反論】 国際委員会が南京虐殺(ぎゃくさつ)の嘘をつく理由はある

ジョン・ラーベが中立的な存在でないことはジョンラーベの証言は正しい?で述べたため、理由はそれだけで十分と思われるが、 国際委員会のメンバーがなぜ、ことごとく日本軍による蛮行を外部に報告し、日本側には殆ど報告していないのかについて考察する。

まず国際委員会のメンバー15名(アメリカ人7名、イギリス人4名、ドイツ人3名、デンマーク人1名)は殆どが日本からすれば 当時の言葉で言う「敵性国人」であり、中国に軍事援助の支援をしている国の国民であるということを念頭に置く必要がある。

国際委員会の委員長であるジョン・ラーベはドイツ人だが、ドイツが日独同盟で親日政策を執るようになったのは、 1938年2月リッペントロップが外相に就任して以降のこと(南京事件とさる期間は1937年12月から約2か月後)であり、それまでは米英と同様、日本を敵視し、蒋介石軍に武器援助と、軍事顧問団を送っている。

国際委員会はそもそも、公的な国際機関ではなく、宣教師などによる非公式の団体であり、日本軍も国際委員会を公の組織とは認めていない。

国際委員会の宣教師たちの安全区設置の目的は、安全区内で中国軍の支援保護を実施し、中国軍・政府から布教の便宜を得ることである。

そのため、日本軍と国際委員会との間で約束された中立化・非軍事化は果たされず、安全区内に中国軍の砲台の存在を許していた。また、中国兵の潜伏を許していたのはジョン・ラーベの件で述べた。

従って、国際委員会は中国軍に都合の良い情報を意図的に流したと考えるのが妥当である。

【よくある反応】 国際委員会は、日本大使館にも抗議している

【反論】 国際委員会の報告をもとに調査したが犯人は分からなかった

国際委員会は日本大使館にも抗議しているのは事実である。

しかし、国際委員会の報告や抗議文書をもとに、日本兵の犯人を調査したが、見つけることはできなかった。 (理由は上に述べた)

下記の犯罪は国際委員会から日本大使館に報告されたものだが、検証されたものではない。

事件 件数
殺人49件(被害者49人)
傷害44件
強姦361件(多数3件 数名6件)
連行390件(多数1件 数名2件)
掠奪その他170件

当然「日本軍が自ら検証したのなら正直に報告するはずがない」と反論してくるであろうが、国際委員会の犯罪報告の実態は以下のとおりである。
【引用】
『南京事件の総括』(田中正明 展転社)

こうした要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏である。福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望のある政治家で、筆者とも昵懇の間柄である(東京千代田区在住)。福田氏は当時を回顧してこう語っている。

「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。 『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。 『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。(中略)こんな訴えが、連日山のように来た。

上記は福田篤秦氏の「証言」に過ぎないが、南京の人口が増えている、国際委員会を含め「あった」とされるあらゆる証言も伝聞であり矛盾もある、 当時の雑誌や新聞から見られる南京の光景は平穏なものばかり、戦後の3か月間の現地調査で証言が出てこなかったという事実と辻褄が合うのである。

尚、安全区には20万もの人がおり、食糧が不足したため、日本軍は、食料、被服等を供与している。

特に、1938年の正月には大量の食糧を送り、紅卍会支部長より受領書、感謝状が贈られている。個人間のいざこざはともかく、このような組織が民間人を虐殺するか甚だ疑問である。

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