【よくある指摘】 韓国併合によって韓国の民衆は苦しんだ
【反論】 韓国併合時代に人口が倍増した
[朝鮮の人口の推移]
西暦 | 人口 |
---|---|
1753年~1904年:李氏朝鮮による調査(女子の一部・賤民・奴婢等は除外しているため漏れがある) | |
1753年 | 730万人 |
1850年 | 750万人 |
1864年 | 802万人 |
1876年 | 804万人 |
1885年 | 897万人 |
1891年 | 788万人 |
1904年 | 710万人 |
1907年~1942年:韓国統監府-朝鮮総督府による調査 | |
1907年 | 1,167万人 |
1910年 | 1,313万人 |
1912年 | 1,413万人 |
1913年 | 1,517万人 |
1920年 | 1,692万人 |
1930年 | 1,969万人 |
1940年 | 2,295万人 |
1942年 | 2,553万人 |
【よくある反応】 インドのような欧米の植民地でも人口は増えている
【反論】 インドは経済成長してない
韓国併合時代の朝鮮の実質GDPは年間平均4%で伸びている(「1920~30年代の成長率4.1%」朝鮮日報2004年3月3)が、インドの成長率は0.1%(原洋之介(政策研究大学院大学政策研究院 ))である。
インドが経済成長していないのは、英国の植民地支配が日本のように資本財や中間財を輸出して、産業を興すようなやり方ではなかったからである。
そもそも、経済成長しなくても、人口は増えるものであるが、19世紀の李氏朝鮮において、人口が減るような時期が存在するのは、それだけ朝鮮の環境が劣悪だったからである。
【よくある反応】 韓国併合によって人口が倍増したのは奴隷を増やすため
【反論】 韓国併合によって平均寿命も倍増している
【よくある指摘】 物価も上昇していたのだから、朝鮮人の所得が上がっても苦しいままだった
【反論】 韓国併合時代の実質GDPが上がっているため豊かになっている
韓国併合時代の朝鮮の実質GDPは年間平均4%で伸びている。
実質GDPは物価変動を除いているため、「生産力の向上」であり、豊かさの指標といえる。
【よくある反応】 韓国併合時代にGDPが伸びても、高利貸しに苦しんでいた
【反論】 韓国併合時代に実質GDP、人口と平均寿命が延びている事実と辻褄が合わない
高利貸しに四苦八苦していた朝鮮人が皆無であったとは言わないが、実質GDPの上昇、 朝鮮の人口と平均寿命が倍増している事実を見れば、朝鮮人の生活環境が豊かになったことは明白である。
【よくある反応】 韓国併合時代は財産の9割を日本人が所有していた
【反論】 公共のインフラも含めて強弁しているに過ぎない
財産の9割を日本人が所有していたとする話は、戦後の日韓国交正常化交渉時の韓国代表側の意見というだけで、根拠はまったくない。
財産の中に朝鮮に残した鉄道や発電所、道路などのインフラを全て含めることで、あたかも日本人が冨を独占していたかのように強弁したに過ぎない。
実質GDP年間平均4%という驚異的な成長率、朝鮮の人口と平均寿命が倍増している事実を見れば、
朝鮮人の生活環境が豊かになったことは明白である。
【よくある指摘】 韓国を豊にしたのはアメリカであって日本ではない
【反論】 韓国併合で日本が与えた資産の方が多い
アメリカが韓国に与えた資産を5億ドルと仮定しする。昭和中期以降の1円の価値を現在の10円と見なした場合、
日本が韓国に与えた資産は現在の貨幣価値で150兆円になるため、1ドル360円に換算すれば400億ドルにのぼる。
『朝鮮騒擾善後策-鮮民の求むる所は斯くのごとし』(閔元殖)
日本政府は併合以来十年近く、朝鮮人の生命財産を保護し、国利民福を向上させる点に於いて用意周到であった。運輸交通、金融機関の整備、農工各種の産業の発達等、旧韓国時代の悪政から朝鮮人を解放し、夢想もしなかった恵沢をもたらせた。
にも拘わらず朝鮮人の性情が偏狭・我執に傾いているためか、口では感謝しながら、心では淋しさを感じ朝鮮人の自尊心を傷つけるなどという者が多い。
更に朝鮮人は米国を世界の自由郷を現世の楽園のように思っている者が多い。しかし、そこは白人の天国であって、有色人種の人権はほとんど認められない。パリ平和会議で、日本が人種差別撤廃を提案したが、オーストラリアのヒューズ首相が強硬に反対し、それを真っ先に支持したのはウィルソン大統領ではなかったか。米国の庇護に頼って栄光ある独立ができるなど不可能な事である。日本統治下の朝鮮人は、米国に比べてはるかに幸福であることを認識し、穏当な方法によって民権を拡大していくことを講ずべきである。
【よくある指摘】 鉄道敷設などの韓国併合の近代化政策は戦争のためだ
【反論】 韓国併合によって、民間も恩恵を受けた
鉄道敷設により、
併合前の韓国では、物資の流通は人の足が頼りだった。
鉄道を民間の流通に活用し、経済を活性化させないと、
人口と平均寿命を倍増させることは不可能である。
京義線と馬山浦線の建設費は3,138万円で、京仁・京釜・京義・馬山浦線建設費を合わせると6,638万円になる。この6,638万円は、日本人の血税で賄われたが、
その活用は、日本人・韓国人共用であり平等に利用した。
もしも1896~1906年の1円が、今の10万円に相当するとすれば、6.6兆円であり、それを2003年11月25日の為替レートで韓国ウォンに換算すれば、79兆6560万ウォンに相当する。
鉄道投資額総計は、併合後の総計2.5億円、併合前の総計1億円。韓国側の享受した利益は莫大なものであった。
予想される指摘(別ページ):米を収奪された
予想される指摘(別ページ):土地を収奪された
【よくある指摘】 韓国併合の貨幣整理によって、資金を奪われた
【反論】 貨幣価値を与えたに過ぎない
『日韓併合 韓民族を救った「日帝36年」の真実』(崔基鎬)
1904年、韓国政府は、中央銀行条例および、兌換金券条令を発令したが、日本からの借款が得られず、5ウォン・1ウォン・100ウォン・50ウォンなどの不換紙幣が発行された。 当時、朝鮮には財政・金融の専門家もなく、1904年になって、目賀田種太郎を招き、初めて、財政顧問とした。 彼は韓国銀行を設立、同時に朝鮮の零細農家にも資金を与えるべく、「金融組合」を設立。 額面表示のフアンを、ウォンと改称し、第一銀行を朝鮮銀行と改称してこれを引き継ぎ、1935年まで、円貨として、日本銀行券と同一貨幣として扱われた。
【よくある反応】 国債補償運動を破綻させた
【反論】 韓国人自身で破綻させた
国債補償運動は、韓国人自身の横領(使い込みと裏切り)で破綻した。伊藤博文が報告書を書いている。
【よくある指摘】 韓国併合時代は大して経済成長していない
【反論】 驚異的な成長率といえる
上記の通り、併合時代の朝鮮の年平均の経済成長率は4%。日本本土さえ疲弊していたにもかかわらずである。
朝鮮日報によると、1920~30年代の年成長率4.1%。
【よくある指摘】 奴隷制度は韓国併合前に廃止されていた
【反論】 奴隷制度は事実上は残っていた
韓国の身分制度は 1894年、韓国政府によって廃止され、最下層身分の賎民も、このときに解放された。
名目上は廃止されたが、事実上は残っていた。とりわけ農地は両班が占有していたのだから、身分制度だけ廃止されても意味が無い。